「同悲、同苦の心」
お釈迦様は、私たちが人間としてこの世に生まれた限り、避けて通ることのできない苦しみを八つお示し下さいました。
その一つに「愛別離苦」(あいべつりく)という苦しみがあります。それは愛する人や親しい人と、いつかは必ず別れねばならないという苦しみです。
この苦しみは誰もが知っているつもりなのですが、いざそれが我が身に降りかかってきますと、どうしょうもない深い悲しみを感じさせられるものです。
俳人の松尾芭蕉にこんな逸話が残されています。
芭蕉の友人が、かけがえのない一人息子を亡くしたのです。
そこで、芭蕉は一通のお悔やみの手紙を出しました。
その手紙の封を切ってみたところ、まったくの白紙で何も書かれていないのです。ただ、手紙の最後に一句だけ、俳句が書かれてあったのです。
友人は、その何も書かれていない白紙の手紙をじっと眺め、最後の一句を静かに読み終えたと思うと、深く深くうなずきながら「持つべきものは心の友だ、ああ一有り難いなあ」と涙と共に、しみじみとお念仏を申したそうであります。
芭蕉にしてみれば、友人の心中を察すれば、あまりの痛ましさに、お悔やみの言葉も慰めの言葉も書くことができなかったのです。
「つらいだろう、悲しいだろう、しかし私にはあなたを何となぐさめていいのか言葉が見つからないんだよ」と芭蕉は自らのその気持ちを白紙の手紙に託し、万感の思いを込めて一句の俳句にしたためたのであります。
その時の句が「埋もれ火も消ゆや涙のにゆる音」というものであります。
夫婦二人っきり、火鉢に向かい合い。ただ言葉もなく、帰らぬ子を思っては深いため息と共に涙をこぼす。
その涙が、火鉢の埋もれ火の上にポトリポトリと落ちて、涙の煮、える音だけが聞こえてくる。
「埋もれ火も消ゆや涙のにゆる音」
たまらない寂しさ、この上もない悲しさ「分かるよ。分かるよ。あなたの悲しみが本当に分かるよ」
共に涙する芭蕉の、それができる精一杯の慰めだったのです。
悲しみに沈む者に、通り一ぺんのなぐさめの言葉は届きません。否、慰めば言葉にはできないのです。そこにはただ、共に涙する以外に他ないのです。
私は、芭蕉のこの心こそが、み仏の「同悲、同苦の心」と呼ばれるものに相通ずるものを感じるのであります。
「同悲、同苦の心」とは、この世に涙する者に寄り添い、共に悲しみ、共に苦しみ、共に涙する心であります。
阿弥陀さまの慈悲の源は、まさにこの「同悲、同苦の心」にあります。
親鷺聖人は「如来の作願をたずぬれば、苦悩の有情をすてずして、回向を首としたまいて、大悲心をば成就せり」とうたわれました。
阿弥陀さまがr安心せよ、必ず救うぞ」となぜ本願を起こされたのか。
それはこの世に涙する者をどうしても見捨ててはおけないという「同悲、同苦の心」によるものなのですよと、教えて下さったのです。
どうしても死なねばならない「いのち」を抱えている私がいるからこそ、必ず浄土に生まれさせてあげようという願いが起こされたのです。
どうしても別れねばならない「いのち」を抱えている私がいるからこそ、再び会うことのできる世界を持たせてあげようという願いが起こされたのです。
そのみ仏の願いの底に流れる者は、ただただ悲しみに沈む衆生が哀れでならないという「同悲、同苦の心」なのです。
そうです、私のこの悲しみが、この涙が、み仏の大悲心を生み出したのであります。
決してその涙は無駄ではなかったのです、その涙こそ、み仏の大悲の心に出会う尊いご縁だったのです。
一人じゃなかったのです。共に泣いて下さるお方がいらっしゃるのです、共に悲しんで下さるお方がいらっしゃるのです。
しかも、死への旅路であった人生が、浄土に生まれる旅路であったのだと気付かせて頂けるのです。
永遠に別れねばならなかった悲しみが、再び会える喜びの人生に転じさせて下さるのです。
もし、今深い悲しみに沈んでいらっしゃる方がおられるのなら、どうかこの悲しみをご縁として、涙した者でなければ分からない、尊いみ教えに出会って下さい。
決してその悲しみを無駄にしないで下さい。その悲しみを通してどうか「真実のみ教え」に耳を傾けて下さい。
そして、この悲しみこそがまことに大きな恵みであったのだと、心からうなずけるような素晴らしい人生を送って下さい。
それが、阿弥陀さまの願いであり、先立っていった者の願いでもあるのです。
南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。合掌
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