今月の法話





「あたり前を喜ぶ」

 筋ジストロフィという難病にかかり、身体をまったく動かすことのできなくなった井村利清さんという人の「あたりまえ」という詩をご紹介します。


 こんなすばらしいことをみんななぜよろこばないのでしょう

 あたりまえであるということを

 お父さんがいるお母さんがいる

 手が二本あって足が二本ある

 行きたいところへ自分で行ける音が聞こえて声が出る

 こんな幸せあるでしょうか

 しかし誰もこれを喜ばないあたりまえだと笑っている

 ご飯が食べられる夜になると眠れる

 そして朝が来る空気が胸一杯吸える

 笑える泣ける叫ぶことができる走りまわれる

 みんな当たり前のこと

 こんなすばらしいことをみんなは喜ばない

 そのありがたさを知っているのはそれをなくした人たちだけ

 なぜでしょうあたりまえ……



 以上のような詩であります。

 確かに私たちは、目が見えることや手足が動くことをありがたいナーと思ったことはありません。当たり前のことだと思っています。

 なぜ喜ばないのか、なぜ当たり前にしているのかと言いますと、それらはすべて私たちが生きるに先立って備わっているからだと思います。

 例えてみれば、物の豊かな時代に生まれた子供が、物のありがたみがわからないのと同じことだと思います。生まれた時にはすでに物があふれていますから、物があることは当たり前だと思うようなものです。

 ところが、この詩にあるように私たちが当たり前だと思っているものは、まことにかけがえにないものばかりです。

 それは、どれ一つ取り上げても人間が作り出すということは出来ません。すべて頂き物です。しかも、その一つ一つには、私のいのちを生かす「ハタラキ」というものが備わっているのです。

 例えば、「息をする」ということを考えてみましょう。

 私たちは生まれてこの方ずっと息をしています。もちろん、そんなことは当たり前のことだと思、っています。

 ところが、息をするという行為は、実は自分の意志でしているのではありません。

 もし自分の意志で息をしているのであれば、おちおち眠ることもできないと思います。

 私たちが夜も安心してぐっすり眠れるのは、自分の意志で息をしているのではなく、息をさせる「ハタラキ」というものが備わっているからです。もちろん、この息をする「ハタラキ」は人間が作ったのではありません。

 また、息をするには空気がなければできませんが、その空気もまた人間が作ったものではありません。

 元京都大学の総長で脳生理学の世界的権威でもあられた平沢興先生は「私は朝、目が覚めるということが不思議でならない」と、いつも仰っていたそうです。「一体どこからどんなハタラキがやって来て、私の目を覚ますのか。私はこの方面の研究を四十数年間やってきたが、私を含め世界中の科学者でこのことを完全に説明できるものはおりません」と仰っています。

 このように息をすることも、朝日が覚めることも、当たり前のことだと思っていますが、そこには科学では解明できない不思議なハタラキがあるのです。

 そのハタラキは、人間を越えたハタラキです。

 またそのハタラキはあらゆるいのちを生かし育むハタラキを持っています。

 このハタラキこそ仏と呼ばれるものなのです。

 曹洞宗を開かれた道元禅師は用艮横鼻直」ということを仰っています。

 「眼横鼻直」とは眼は横に、鼻は縦についているということですが、その当たり前の事実の中にわがいのちを生かし続ける仏というものを見いだされたのだと思います。

 それは目や鼻のことだけではなく、空気があり水があり太陽があり大地がある。その当たり前に思っているあらゆるものの中にわがいのちを生かし続ける大いなるハタラキ、すなわち仏を見いだされたのだと思います。

 そのことを、道元禅師は「尽十方界真実人体」とも仰っています。

 この宇宙全部が自分の体であると仰っているのです。

 それは、この宇宙に存在するもののどれ一つ欠けても私の命は成り立たないということであります。

 このように私たちは人間を越えたあらゆるものの恵みを頂いて生きているのです。ところが、私たちはそれを当たり前のように思っています。

 それが私たち人間の思い上がりであり、愚かさであると思うのです。

 そんな愚かな私たちに向かって「あなたのいのちは生かされて生きているいのちなのですよ。とてつもない大きな恵みを頂いているいのちなのですよ。そのことに目覚めて下さいね」と呼び続けている声が南無阿弥陀仏なのです。

 当たり前が当たり前でいてくれることを心の底から喜んでいくことができた時、私たちは、間違いなくみ仏の大悲の中に包まれてあることを確信することができると思います。

 当たり前の中にこそみ仏の大悲が働いているのです。


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